なぜPzは「できること」を増やしすぎなかったのか

🟦Pocket Zoo(Pz)について

現在のアプリは、高精細な映像や複雑な機能を競うように進化しています。

できることが多い。

設定項目が多い。

操作方法がたくさんある。

それらは確かに、技術の進歩によって生まれた魅力です。

けれどPzは、その方向とは少し違う場所から作られました。

Pzで大切にしたのは、説明書を読まなくても、誰でも迷わず触れられることです。

画面の中では、ペリとポコが自分の意思を持っているように自由に歩きます。

疲れれば眠り、こちらが呼びかければ中央へやってきます。

操作は難しくありません。

一度タップする。

二度タップする。

それだけで、小さな反応が返ってきます。

Pzが2Dで描かれていることも、複雑な機能を持たないことも、技術が足りなかったためではありません。

あえて、難しくしなかったのです。

スマートフォンを開くたびに、何かを達成しなければならない。

毎日ログインしなければならない。

通知に追いかけられ、数字を増やし続けなければならない。

そんな忙しさとは違う時間を作りたいと考えました。

Pzの背景は、朝、夕方、夜へと変化します。

春、新緑、夏、秋、紅葉、ハロウィン、クリスマス、お正月、冬。

季節や行事に合わせて、ペリとポコが過ごす場所も静かに変わっていきます。

背景は単なる飾りではありません。

二匹が今日を過ごしている、小さな世界そのものです。

何かを攻略するためのアプリではなく、画面の中にいる二匹を、時々そっと眺める。

その時間が、ほんの少し心を緩めてくれる。

Pzが目指したのは、機能の多さではなく、その小さな余白でした。

できることを増やすより、なくても困らないものを減らしていく。

その考え方から、現在のPzの形が生まれました。

公式Pzブログで続いている「365日のちいさな幸せ」も、同じ世界から生まれています。

大きな出来事ではなく、見落としてしまいそうな小さな瞬間。

ペリとポコの日々を通して、その一つひとつを描いています。

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